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「囚われの聴衆事件」と最近の交通機関の車内放送

Posted : 2014/10/28

 今年も大阪マラソンが開催されましたが、しばらく前から地下鉄で流されていた広告は、本当に不評でした。
 人気歌手コブクロの音楽が突然大音量で流れた後、「応援には地下鉄をご利用下さい!」というメッセージが放送されるのですが、とにかく喧しいので、誰かマナーの悪い乗客の携帯電話の着信音量が最大で鳴っているのかと驚いたという人が何人もいました。やや下品で騒がしいため、苦情が届いたのか、途中から音量が絞られて音が小さくなりましたが、当初あれを了解するセンスには失望しました。

 実は、大阪の地下鉄の車内放送の苦情は、今回が初めてではなく、かつては裁判になって最高裁まで争われた事件があります。いわゆる「囚われの聴衆事件」と呼ばれている裁判で、昭和63年12月20日に最高裁判例が出ています。
 原告は、大阪市営地下鉄の商業広告について、走行中の列車内において、いわば乗客として拘束された状態にあることを利用して、聴取する義務がない放送の聴取を一方的に強制するものであって、その人格権を著しく侵害することを理由に、商業広告の放送の差止や放送を中止するまで一ヶ月あたり1千円の慰謝料を請求しました。
 たしかに公共的なスペースでの商業広告はたくさんありますが、鉄道は代替手段が乏しく、特に公共性が高いことや、視覚以上に受け手が自衛しにくいとされる聴覚に訴えた広告であることから、「囚われの聴衆」と例えられたわけですが、大阪地裁、大阪高裁に続いて、最高裁でも請求は棄却されました。
 この結論だけを見ると、それは当然でしょう…とおっしゃる方は多いかもしれませんが、ここで最高裁の伊藤正巳判事の補足意見を読むと、これを神経質な人が起こした全く勝ち目のない風変わりな裁判と排斥することは、やや早計であることが分かります。憲法学者としても極めて著名な伊藤判事は、結論としては今回は請求棄却に賛成ではあるが、そもそも我が国においては、一般的に音による日常生活への侵害に対して鋭敏な感覚が欠如しており、静穏な環境の重要性に関する認識が乏しいことを否定できないと指摘しました。そして、通常その交通機関を利用せざるを得ない乗客に車内放送を流すことは、いわば「囚われの聞き手」に音を聞くことを強制させることに等しいわけであるから、プライバシーの利益の侵害に当たる可能性はあるが、本件程度の内容の商業広告であれば、乗客の受忍の範囲を超えた違法な侵害行為にはならないと結論付けました。広告内容や音量の程度を勘案して、この程度の広告であれば、慰謝料が認められるレベルではないという判断ですから、逆に言えば広告内容や、その目的、頻度、音量、音質などによっては、結論が変わる可能性はあるということになります。
 また、この裁判を扱った大阪高裁は、同様のアプローチに加えて、広告の有益性なども勘案すべきだと指摘しています。
 そうすると、冒頭の大阪マラソンの広告の場合、広告目的は正当でしょうが、特に有益性がある情報ではなく、何よりも音量の程度が非常にアンバランスでしたから、あのまま音量を下げない放送を頻繁に流していたら、一定の乗客、例えば耳が痛んでいる高齢の方や病人などには、慰謝料請求が認められないとは限らない案件だったかもしれません。

 ただ、これは大阪市営地下鉄に限ったことではなく、総じて日本の公共機関の放送は過剰でやり過ぎだと思います。
 最近私が耳障りで、気になるのは新幹線の車内放送です。普段から定期的に新幹線を使っている方はお気付きだと思いますが、新幹線は商業広告の放送はないですが(視覚に訴える商業広告はあります)、いわゆるマナー啓発放送の頻度がすごいです。
 例えば、地下鉄サリン事件以降は、危険物を持ち込まないで下さい…、携帯電話が普及してくると、通話が他の乗客の迷惑にならないように…、ノートパソコンが流行ると、車内でキーボードは静かに叩くように…、キャリーケースで移動する人が増えると、キャリーケースを引いて歩くときは周りの方に配慮するように…、ヘッドフォンステレオがブームになると、音が漏れないように…、他にもリクライニングを倒すときはご配慮を…、下車するときはリクライニングを元に戻して…、最近のトレンドは背の高いノートパソコンを使うと、前の背もたれのリクライニングが倒れたときにぶつかることがあるので…、ひどい乗務員になると、これらを順次全てアナウンスしていくので、次から次へとよくもネタが尽きないものだと呆れるときがありますし、そもそも大声で携帯電話の通話を注意するアナウンスの方が余程迷惑では…と皮肉を言いたくなることもあります。
 これらのマナー啓発放送は、効果自体が疑問とされていて、「お節介放送」と呼ばれることがあるそうですが、たしかに最近の新幹線では、小さい子供連れの方は手を繋いで下車して下さい…というアナウンスまで流れていますし、以前私の事務所が入居していた事務所のビルに至っては、夜間になると、「夜道は気を付けて、明るい道から帰りましょう」とか、「もし引ったくりにあったら、すぐに交番に届けましょう」という放送が流れていましたから、もはや失笑してしまうレベルの「お節介放送」でした。
 こうして列挙していくと、やはりマナー啓発放送は、商業広告よりも違法性が高いように感じます。

 私の知人の外国人は、日本の公共放送は、たしかにサービス抜群だが、やや「premature」に感じることがあると表現したことがあります。十分成熟していないとか、少し子供っぽいというニュアンスだと思いますが、私も同感です。
 以前、私がイタリアで鉄道に乗車したときに、ほとんど車内放送らしい車内放送がなく、余りにも静かだったので、感心したことがあります。次の停車駅のアナウンスすらなく、静かに停車して、静かに発車するのですが、このときは司法修習の卒業旅行で、自由な個人旅行だったため、我々は周りのイタリア人に確認しないと、危うく目的の下車駅を乗り過ごしてしまいそうになるほどでした。それでも、欧米の方は何の不自由も感じていないようで、自分の下車駅に着いたかどうかなど、大人なんだから、自分で確認して自分で行動するのが当たり前と受け止めているように感じました。
 この点、実は日本でも、JR西日本の新幹線の一部がサイレンスカーという車両を運行していて、車内放送などは全く流さないサービスをしていた時期がありました。私は、ようやく日本も、そういうサービスの選択ができる文化になってきたのかなぁ…と思っていたら、数年前にサイレンスカーはなくなってしまいました。やはり日本では、過剰気味なサービスアナウンスに慣れていて、サイレンスカーなどの趣向は支持されないのかもしれないです。

 さて、大阪マラソンは無事に終了し、今週から地下鉄内の平穏は取り戻されましたが、冒頭に申し上げた最初の広告音量からしても、日本において、伊藤判事がおっしゃるような音に対する成熟が認識されるには、もう少し時間がかかるのかもしれないですね。
 願わくば、広告内容や音量の程度など、もう少し聞き手の立場にも配慮できる世の中になって欲しいと思います。




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