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憂鬱ではない過払いという禁断の果実を食べ過ぎると…【憂鬱でなければ、仕事じゃない】

Posted : 2011/10/25

  アクティブイノベーションウエスト代表弁護士の木下です。

  少し前になりますが、主に出張の移動時間を使って、「憂鬱でなければ、仕事じゃない」という書籍を読みました。幻冬舎の見城社長の数々の珠玉の言葉に啓発されたサイバーエージェントの藤田社長によるコメント形式の書籍です。
  私は、斬新で興味深いテーマを扱った書籍を次々と世に送り出す幻冬舎に、以前から関心を持っていて、幻冬舎がまだ株式を上場されていたときに、株主になりたいと思ったことがありますから、この書籍をすぐに読んでみました。
  結論から言うと、私も珠玉の言葉の数々に大いに感銘を受けたのですが、私なりに実行できているかなと思えることも意外に多くて、強く背中を押していただけた気がしました。これからも迷ったときに何度も読み返したい書籍ですし、機会があれば時々ブログでも取り上げてみたいと思います。

  さて、数ある珠玉の言葉の中でも、感銘を受けた三本の指に入るものを挙げるなら、やはり書籍のタイトルにもなった『憂鬱でなければ、仕事じゃない』は外せません。この章の中で見城社長は「楽な仕事など、大した成果は得られない。憂鬱こそが、黄金を生む。…迷った時こそ、大きなチャンスだ。迷わないものは結果が小さい。」とおっしゃっています。これを受けて藤田社長も「自分が成長したと感じられた時は、たくさんの憂鬱が付きまとっていました。」とコメントされています。
  私は、この名言に大いに賛同し、強く勇気付けられます。まだ道半ばではありますが、弁護士としての私のキャリアを振り返ってみても、その依頼者の一生がかかっているような責任重大な事件や、難解な法的論点を含んでいて、どちらに転ぶか勝ち負けが分からないような事件は憂鬱の連続でした。例えば、大阪のUSJの開園直前に、私がUSJ側でその実質的な差止裁判に関与したことは以前にもお話しましたが(「裁判所は国策を差し止められるのか?」【浜岡原発運転停止】)、絶対に絶対に勝ってもらわないと、〇億円というか〇兆円の損害になるかもしれないから…と聞いたときは、末席代理人に過ぎなかった私でも、毎日吐き出しそうなプレッシャーに悩みました。また、個人の依頼者の切実な希望ほど、逆にプレッシャーが大きいときがあり、子供を置いて別居せざるを得なかった母親の離婚裁判で、このまま子供に会えない日々が続くなら、本当に自殺しますと、血走った目で懇願されたこともありました。これらの事件は正に憂鬱の連続で、悩みながら思考を巡らせ、夜も眠れないときがありました。早くこの事件から解放されたいとか、この事件と出合わなければよかったぐらいに思うときもありました。
  ところが、後から振り返ってみて、確実に自分を成長させてくれたと思える事件や懐かしくさえ感じる事件は、すべてこれらの憂鬱だった事件ですから不思議なものです。

  そもそも我々弁護士の仕事は、すべて大なり小なり人生や社運に直結した一大事で、必死に助けを求めて来られる依頼者が多いですから、憂鬱な要素がないことの方が少なくて、その点では真面目に取り組めば、何らかの成長に役立つ仕事がほとんどです。
  ところが、近年この憂鬱さが著しく低い事件が大量発生しました。債務整理の中のいわゆる過払い案件です。先に誤解のないように申し上げると、私は、債務整理が悩まなくてもよい事件と申しているのではないです。個々の依頼者の中には、長年の苦しみで疲弊されている方がいらっしゃるし、格別の迅速な対応を求められる事件もあります。ただ、それでも債務整理がルーティンの作業で解決し、特にその中の過払い案件は他の一般民事に比べて、弁護士が憂鬱さに悩む局面が格段に少ないことは間違いないと思います。その割には利益率が極めて高い仕事ですから、これはもはや禁断の果実に近いと言えるでしょう。
  若干上からの物言いになって恐縮ですが、最近、同期弁護士らとの勉強会などで、この禁断の果実ばかりを食べること慣れてしまって、残念ながら一般事件の解決スキルが全く身に付いていないようにすら疑われる弁護士が確実に増えているのではないかという話題になりました。このような指摘は、しばしば新司法試験後の若手弁護士の批判に使われることがありますが、私は、必ずしも若手弁護士に限った現象ではなく、一定のキャリアがある弁護士にも、否、むしろ、一定のキャリアがある弁護士についての方が、この禁断の果実を食べ過ぎた後の副作用は危険で厄介に感じます。従来の一般事件に要した労力に比べて、憂鬱さとは無縁で、遥かに安易に利益が出るため、真面目に一般事件に取り組むことに対して、若手弁護士以上に馬鹿らしさを覚えて、スキルアップを放棄し、あるいは折角のスキルを錆び付かせ、怠惰に堕ちるおそれがあるからです。
  ちょうど「憂鬱でなければ、仕事じゃない」の別の章『ヒットは地獄の始まり』や『勝者には何もやるな』の中で、「大事なのは当たった後」と藤田社長がおっしゃり、見城社長がまだ闘えると思える感覚を失った自分は、「想像するだけで恐ろしい。仕事もプライベートもたるみ切り、僕は生きることへの張り合いをなくしてしまうだろう。」とおっしゃっているのと重なって見える中堅弁護士やベテラン弁護士もいるように思います。

  勿論、我々の法人でも債務整理は扱いますが、過払い案件に特化するようなことはないですし、一般事件を大事にしています。その点では、私は禁断の果実は食べ損なったのかもしれませんが、代わりにたくさんの憂鬱な事件達のお陰で、見城社長曰く、「たるみ切る」こともなく、私なりのスピードではありますが、成長することができたのだと思います。
  我々の法人の弁護士には、憂鬱な一般事件から逃げないで、大いに悩んで成長していって欲しいし、それこそが弁護士という限られた資格業に就くことを許された人間に委ねられた使命ではないかと思っています。




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